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「憲法九三条には『国民が』とは書いていない」・・・永住外国人への地方参政権付与立法を実現する集会が国会内で開催 

1出世ウホφ ★[]:2008/02/09(土) 14:55:33 ID:???
定住外国人の地方参政権 共産党3議員あいさつ 立法化へ国会で集会

在日本大韓民国青年会中央本部、定住外国人の地方参政権を実現させる日・韓・在日ネットワークなどが八日、永住外国人に地方参政権を付与する立法の実現を求める集会を国会内で開きました。日本共産党から穀田恵二、佐々木憲昭両衆院議員、井上哲士参院議員が出席し、激励のあいさつをしました。

佐々木氏はあいさつで、「憲法九三条は地方公共団体の長、議員は、その地方公共団体の住民が直接これを選挙すると書いており、『国民が』とは書いていない。自治体を構成している住民全員が議員を選ぶ権利がある」と指摘。かつての日本政府によるアジアへの侵略戦争や、植民地支配に反対した日本共産党の歴史も紹介し、「みなさんが権利を回復する平和で民主的な社会をつくっていきたい」と強調しました。

また穀田氏は、日本共産党が一九九八年に、選挙権(二十歳以上)と被選挙権(議会議員と市区町村長は二十五歳以上、知事は三十歳以上)を付与する法案を提案したように、永住外国人の参政権は被選挙権も認めるべきとしていることを紹介。井上氏は、「外国人参政権の実現は地方自治を充実させるもの」と激励しました。

このほか公明、民主の議員もあいさつしました。集会では「外国人住民の地方参政権を一日も早く実現を」とするアピールをあげました。永住外国人に地方参政権を付与する公明党の法案は、現在継続審議中ですが、民主党も今国会での提出を検討しています。

しんぶん赤旗

http://www.jcp.or.jp/akahata/aik07/2008-02-09/2008020904_04_0.html

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Posted by foulking at 21:23 | TrackBack(0) | Comments(17) | 在日 | このエントリーを含むはてなブックマーク

払ってもいない年金を在日韓国・朝鮮人に支給する小平市の「給付金制度」…総連と民団に便乗する公明党が音頭取り 

1 名前:ニライカナイφ ★[]投稿日:2008/02/01(金) 14:01:43 ID:???
◆最高裁を無視する小平市の在日韓国・朝鮮人「1万円支給」

昨年12月、在日外国人が年金を貰えないのは差別であり違憲だとする訴訟について、最高裁は原告側(在日韓国・朝鮮人7名)の請求を棄却した。 だが、年金に代わる「福祉給付金」の名目で、在日韓国・朝鮮人にお金を支給する地方自治体が増えている。 東京都小平市でも、昨秋、市議会で支給が決議された。音頭を取ったのは公明党である。

日本人ですら25年間保険料を払い続けなければ受け取れない年金だが、払ってもいないのに年金をくれ、とは虫のいい話である。

だが、それを認めるような救済措置がある。 昨年11月27日、小平市議会は、無年金定住外国人高齢者および重度障害者に、「福祉給付金」を支出する請願を、全会一致で可決した。

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Posted by foulking at 23:30 | TrackBack(0) | Comments(1) | 在日 | このエントリーを含むはてなブックマーク

韓国が数年前の日本を模倣しているなら日本は20年前の韓国そのもの。騙される側の学習があまりにも足りない 

1 名前:ニライカナイφ ★[]投稿日:2008/01/21(月) 18:00:54 ID:???
SMBD0501240105.jpg◆騙す側の見事な連携

韓国大統領選は、経済発展を声高に叫んだイ・ミョンバク氏の圧勝だった。彼を支えたのは、高学歴で正規雇用につけないワーキングプアの若者たちだ。その熱気は、小泉氏の口先だけの改革に踊らされて、自民党が衆院選で大躍進した姿とだぶる。

韓国が数年前の日本を模倣しているなら、日本は20年前の韓国を模倣している。

六力国協議で孤立を深める日本を見ていると、この国の外交のお粗末さだけでなく、歴史の後退を感じてならないのだ。日本全国、「拉致」、「拉致」と騒ぎ、果ては在日を北朝鮮政府の手先とばかりに叩く。

植民地支配の結果、日本に住まわざるを得なくなり、今なお基本的人権を求める権利すら奪われている在日に、拉致への感情をぶつけること自体がお門違いである。北朝鮮政府による日本人拉致が判明したときの、在日への嵐のような暴力行為の連続は、在日社会に大きなトラウマを残した。

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Posted by foulking at 00:01 | TrackBack(0) | Comments(0) | 在日 | このエントリーを含むはてなブックマーク

民主党、在日韓国人に地方参政権を与える為の新たな議員グループを結成 

1 名前:出世ウホφ ★[]投稿日:2008/01/11(金) 14:01:14 ID:???
20080111000009003.jpg民主党の有志の国会議員が、在日韓国人など日本に永住している外国人に地方参政権を認めるための法案を、今月召集される通常国会に提出することを目指して、新たな議員グループを結成することになりました。

この議員グループは、民主党の川上義博、白眞勲の両参議院議員らが中心となって呼びかけているもので、これまでに党内の国会議員、およそ30人が参加を表明しており、今月中にも初会合が開かれる見通しです。

議員グループでは、在日韓国人など、日本に永住している外国人に対し、市町村長や、地方議会の選挙などへの参政権を認めるための法案の取りまとめを進めるとともに、今月召集される通常国会にこの法案を提出することを目指して、党内で同調者を増やすなどの環境作りを行いたいとしています。ただ、民主党では、「地方議会が、国政上の重要課題について、意思表示する機会も多くなっている」として、日本国籍を持たない外国人に地方参政権を認めることに反対または慎重な議員も多く、今回の議員グループの結成は、党内に波紋を呼ぶことも予想されます。

http://www3.nhk.or.jp/news/2008/01/11/k20080111000009.html
http://www3.nhk.or.jp/news/2008/01/11/d20080111000009.html

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Posted by foulking at 16:58 | TrackBack(0) | Comments(0) | 在日 | このエントリーを含むはてなブックマーク

「在日コリアンと日本人の接着剤になりたい」 あした晴れたら・・・/国籍問わない社会に 

1 名前:カイワレ大根φ ★[sage] 投稿日:2008/01/04(金) 14:15:51 ID:???
あした晴れたら・・・/国籍問わない社会に
【多文化共生の場】

 草津市の住宅街にあるかつての日本料亭で昨年末、フィリピン料理の教室が開かれた。先生役は日本人男性と結婚し、10年前に来日したナティビ・ダッド・サンチェス・マキ(69)。甲賀市で暮らすが、家にこもりがちで、夫以外の日本人と話す機会はあまりない。日本語は苦手だ。

 参加した日本人たちに簡単な英語で語りかけながら、カレーに似た自慢の家庭料理「メヌード」をつくってみせた。料理をほお張りながら、笑顔で話しかけてくる参加者を見て、「言葉は通じなくても、心を開けば気持ちは伝わる」。目頭が熱くなった。
 料亭は今年3月から、「多文化共生支援センター」に生まれ変わる。ナティビも定期的に教室を開いていく予定だ。この日は、その準備を兼ねたお披露目会だった。

 支援センターの開設は、大津市柳が崎の在日コリアン2世、河炳俊(ハ・ビョン・ジュン)(59)が企画した。河は、日本人と外国人の懸け橋になろうと活動する市民団体「近江渡来人倶楽部」の代表。日本人と韓国人のはざまで生き、「国籍を問わず、人々が憩う場をつくりたい」と強く願うようになった。

 小学生の時、韓国籍の友だちが「朝鮮人、朝鮮人」と日本人にからかわれた。仲裁に入ると、河も標的になった。新聞配達のアルバイトをしていた時には、日本人の同級生に待ち伏せされ、一緒に働いていた友達を連れていかれたこともある。顔中アザだらけの友達を見て「なぜこんな目に遭わなきゃならん」と怒りが込み上げた。

 石山高校を卒業し、25歳で借金をして不動産業をおこす。在日コリアンであることを隠し、通名の「河本行雄」と書いた名刺で働いた。取引先との雑談で、朝鮮半島の話題になると、自然と話をそらした。「差別を受けると思うと、国籍のことは言えない。自己防衛だった」。日本人として生き、36歳で大津青年会議所の理事長にもなった。

 転機は40歳の時。周囲の誘いもあり、在日本大韓民国民団(民団)に入った。日本に対して様々な要求を突きつける民団と、いつまでも理解してくれない日本人。しばらくすると、両方が身勝手に思えてきた。河は「在日コリアンと日本人の接着剤になりたい。自分の手で住みよい日本をつくらないといけない」と決心する。

 仕事で使う名刺に初めて「河炳俊」と併記した。50歳になっていた。

 00年に発足させた近江渡来人倶楽部では、在日コリアンの生活相談を受けるほか、専門家を呼んで朝鮮半島と日本の歴史について講演会を開くなどの活動を続ける。

 06年5月には、大津市の国道1号沿いの自社ビルを改装し、「渡来人歴史館」をオープンさせた。日本と朝鮮半島の関係を時系列で追った年表や、江戸時代の朝鮮通信使の模型などを並べる。

 04年からは、県も巻き込んで「おうみ多文化交流フェスティバル」を毎年開催。日本人ボランティアらの協力を得て、外国人が母国の料理や音楽、踊りを披露する場を提供してきた。

 活動を続けるなかで、河は良き理解者を得る。料亭を経営していた喜久川修(58)だ。元草津市議の行動派。「世界には『自分の国さえ良ければいい』という考えが広まっている。それではいけない」と思う喜久川は、家族ぐるみの付き合いがあった河と行動を共にするようになる。ナティビに料理教室を開くよう持ちかけたのも喜久川だった。

 今後、多文化共生支援センターを舞台に、在日ブラジル人を招いてポルトガル語教室を開いたり、ペルー人や韓国人、日本人などでフットサルの「多国籍チーム」をつくったりする計画を立てている。「近くの大学生を誘って、若い人同士の交流も図れれば」

 河の目指す「共生の場」は着実に形になりつつある。「外国人との間に壁をつくる日本人は多い。その壁が解けたとき、希望にあふれた住みよい社会ができるんだと思う」。そう、つぶやいた河は、二つの名前が書かれた名刺に視線を落とした。(敬称略)

ソース 朝日新聞

http://mytown.asahi.com/shiga/news.php?k_id=26000140801040001

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Posted by foulking at 21:40 | TrackBack(0) | Comments(1) | 在日 | このエントリーを含むはてなブックマーク


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